なぜ出版契約書を出してもらうのが難しいのか 

 
まだ一度も本を出版したことがない人は、出版契約書を交わしていなかったがためにトラブルにあった翻訳家の話を聞いても、きっとこう思うのではないでしょうか。

「そんなのは自分にも責任があるんじゃないの? トラブルを避けたかったら、仕事を始める前に出版契約書をきちんと交わしてもらっておけばよかったじゃん。トラブルが起きたのは、それをしなかった自分にも責任があるね。私なら、そんなへまはしないね」

 しかし、実際のところ、なかなか、仕事をする前に出版契約書を交わしてもらうのは難しいことなのです。これは経験者でないとわかりません。

 では、なぜそんなに難しいのでしょうか。
 その理由をお話ししておきましょう。

(1)相手を怒らせてしまうのではないかという思いで言い出しにくい
 言い出しにくいということがどういうことなのかを例えて言いましょう。
 こういう例を出せば分かっていただけるかもしれません。例えばお互いのことを好きになった男女が初めて男女の関係に入ろうというとき、相手に向かって「性病検査証明書を見せてもらえないか? 別に君のことを疑っているわけじゃない。お互いのためなんだ」と言えるでしょうか。
 もしそんなことを言ってしまえば、相手は「私のことが信じられないの?」ってカンカンになって怒り出す可能性が高いでしょう。そうしてもし相手を怒らせてしまったら、縁が切れてしまうかもしれません。
 少し極端な例を出しましたが、ある程度親しくなった編集者に「出版契約書を出してください」と言うのは、やはり、相手を不快にせてしまわないかという思いからなかなか言いだしにくいものです。
 実際、私は契約書を出してほしいと編集者にお願いしたときに、激しく怒りだした編集者も何人かいます。
 そしてそういう経験を何度かすると、ますます出版契約書を出してほしいとは言いにくくなるのです。(それでも私はなんとか出してもらうようにはしていますが…)。

(2)出版契約書を出してもらうように頼んでも、のらりくらりの対応をされ、結局、出してもらえないままになりがち
 出版契約書を出してもらわなかったために痛い思いを何度かしたことのある私は、極力、出版契約書を出してもらうようにしています。
 しかし、せっかく勇気をふるって出版契約書を出してほしいと頼んでも、のらりくらりの対応をされることが多いのです。
 例えば、「近いうちに送ります」と言ったまま、数ヶ月も送って来ないということなどザラです。
 出版社側としては、都合が悪くなったら逃げられるように口約束だけにしておきたいのです。実際、出してもらうまでに10回程度催促して初めて出してくれたところもあります。
 こういう経験をすると、出版契約書を出してもらうということ自体が大変骨の折れる作業に思えてしまいます。
 ただ、出してもらうのが難しいからといって、諦めていては危険です。
 また、翻訳家一人一人が出してもらうようにしなければ出版社側も出さないのが当たり前だという観念を捨てません。
 ですから、どんなに困難であっても、極力、出版契約書を出してもらうように心がけましょう。