翻訳出版契約が反故にされたときの賠償額
 
 残念なことですが、翻訳出版契約が結ばれ、最後の最後まで翻訳をした後であっても、出版社の事情で一方的に出版が中止になることがあります。

 私の場合、すでに30冊ていど翻訳書を出していますが、すでに3度もそのようなことがありました。また、実際には出版はされたものの、出版社のほうから出版を中止したいと相談を持ちかけられたことも2,3度あります。

 なぜこのようなことが起こるのは別のページで述べましたが、ここでは、その適切な損害賠償額はいくらかを考えてみましょう。

 出版社側の人間ならば、「それは初版印税に相当する額だろう。それ以外に一体何があるんだ?」と言いたいでしょうね。実際、私が見る限り、そう思っている編集者がほとんどです。

 しかし、果たしてそうでしょうか?

 これは、出版契約の成立の過程によって異なるのではないかと思います。

 出版契約の成立の過程は大きくわけて2種類あります。

 一つは、翻訳家がすでに全部訳したものを出版社に持ち込んで打診をしてもらって結ばれた出版契約。そしてもう一つは、出版社が翻訳家に翻訳の仕事を依頼して成立した出版契約。

 前者の場合、翻訳家は出版社に頼まれて仕事をしたわけではありませんから、出版社が出版契約を反故にしたといっても、初版印税相当額を払えば、それで済むと考えてもいいと思います。

 ただ、後者の場合の出版契約は、平たくいえば、出版社が翻訳家に「あなたの翻訳した原稿を出版するから、翻訳してほしい」と頼んで成立した契約ですから、翻訳家側から見れば、(1)翻訳書を出してもらうこと、(2)初版印税を払ってもらうこと、(3)重版になれば重版印税を払ってもらうことを前提に仕事をさせられているのです。

 上記の3つの約束のうち、確実な約束としては(1)と(2)だけですが、そのうち(2)だけが守られても(1)が守られていないことになるので、翻訳家としては、(2)だけで終わらされては面白くはないはずです。

 また、たいていの場合、初版印税というのは、翻訳作業の労苦を考えれば、まったく割に合わない額にすぎません。同じ量の翻訳を産業翻訳でこなせば200万円程度は稼げるのに、初版印税で支払われた場合、30万円とか40万円とかにしかならないこともあるのです。

 そのようなケースでは、翻訳家としては、出版社が勝手に出版を中止したわけだから、200万円を求めたくなって当然だと思いますね。あるいは、それが不可能なら、出版社の責任で、別に出版してくれる出版社を探してもらうことを要求したくなるでしょう。

 ただ、これは翻訳家である私の視点であり、裁判になったらどれくらいの額が出るのか、その相場は不明です。

 一つだけ、翻訳家がすでに全部訳したものを出版社に持ち込んで打診をしてもらって結ばれた出版契約が反故にされたケースがありましたが、初版印税に相当する額だけが認められていました。

 出版社が翻訳家に翻訳の依頼をして成立した出版契約の場合は、裁判例が見つかっていませんが、どの程度になるのでしょうか。

 いずれにせよ、大切なことは、翻訳を引き受けるときは、出版を一方的に中止にするような出版社でないかどうかよくよく確かめてから引き受けることですね。一度でも「流産」を経験すると、相当なトラウマになりますから。