●翻訳家の収入
一生遊んで暮らしていけるだけのお金を持っているごくわずかな例外的な人を除けば、ほとんどの人は食べていくためにはお金を稼ぐ必要があります。
ですから、職業として翻訳家になりたいのであれば、ただ単にあこがれだけで翻訳家になろうとするのではなく、翻訳家になったら、おおよそどれくらいの収入が得られるかをあらかじめ想定しておくべきです。
ただ、翻訳家と一口に言っても、専業としてやりたいのか、副業としてやりたいのか、出版翻訳家になりたいのか、産業翻訳家になりたいのかによっても収入は非常に異なります。
また専業としてやる場合も、翻訳会社などに勤務する社内翻訳スタッフとして翻訳をしたいのか、フリーランス翻訳家として翻訳をしたいのかによっても異なります。
さらに個人差によっても大きく違ってきます。翻訳が早い人は、遅い人の2倍も3倍も翻訳ができるからです。
そこで私の知っている範囲で翻訳家の収入についてお話ししようと思います。
まずは出版翻訳家の収入についてお話しします。
(1)出版翻訳家の場合
出版翻訳家の場合、報酬の支払いシステムは大まかに2種類あります。
1つは「買い取り契約」による「翻訳料」の名目で貰う報酬であり、もう1つは「印税契約」による「印税」の名目で貰う報酬です。
そのいずれか一方が貰えるのであり、両方とも貰えるわけではありません。どちらになるかは出版社側から提示されることが多いですが、稀に、どちらを希望するか選ばしてくれるとことろもあります。
○「買い取り契約」の場合
「買い取り契約」とは、出版社が翻訳原稿を「英文何ワード当たり何円」というレートで買い取るという契約のことです。
ですから、翻訳料を受け取るのは通常1回切りであり、たとえその翻訳書がミリオンセラーになっても、追加で貰えるお金は一切ありません。
そう考えると、一見、翻訳家にとって非常に不利な契約と思えますが、「英文何ワード当たり何円」というレートが相場からかけ離れるほど低いという場合を除けば、そこそこのお金にはなります。
むしろ、出版不況の昨今では重版になる可能性も低いので、翻訳料で貰ったほうが結果的には多く貰えるというケースのほうが多いと思います。
例えば、私も3回、このシステムで翻訳を引き受けたことがあります。貰った翻訳料は、約60万円、約100万円、約150万円でした。これは翻訳する原著が薄いか厚いかによって変わってきます。当然、薄い本はそれだけ翻訳する量が少ないわけですから、貰う翻訳料も安くなります。逆に、厚い本だとそれだけ翻訳する量が多いわけですから、貰う翻訳料も高くなります。
○「印税契約」の場合
「印税契約」とは、翻訳原稿の複製権の対価として印税を払って貰うという契約のことです。
ですから、たくさん複製してもらえればもらえるほど(つまり、印刷してもらえればもらえるほど)印税が貰えます。
細かいことは抜きにして、まずはおおまかに説明しましょう。
例えば、定価が1,500円の本を7%の印税で7,000部印刷してもらったとしたら、
1,500円×0.07%×7,000部=735,000円
という計算になり、735,000円の印税が貰えるわけです。ただし、これは税込みの金額ですから、実際に振り込まれる金額はその9割の661,500円です。
では、定価が1,200円の本を6%の印税で5,000部印刷してもらった場合はどうでしょうか。
1,200円×0.06%×5,000部=360,000円
という計算になり、360,000円の印税になります。これも税込みの金額ですから、実際に振り込まれる金額はその9割の324,000円になります。
このように受け取る印税は、本の定価、印税率、発行部数によって大きく変わってきます。
このうち、本の定価と発行部数は原則として出版社が決めます。翻訳家が口を挟むことはできないと考えておいてください。初版部数が何部になるかは勿論のこと、増刷の刷り部数も出版社が決めます。
ただし、印税率に関しては、契約を結ぶときに、出版社側と交渉する余地はあるでしょう。昔は8%が相場だったようですが、出版不況の昨今では相場は6〜8%というところが多いと思います。ただし、新人翻訳家の場合や、本が薄い場合は4%ということもないわけでもありません。ただし、民法でも契約自由の原則は認められているように、出版社が提示する印税率に不満があれば、上げて貰うよう交渉することは可能です。
次に細かい話に入りましょう。
以上、説明してきた印税ですが、通常の場合、初版部数は最低保証額として印刷した部数のすべての印税が貰えます。
ですから初版部数が7,000部だとすると、定価×0.07×7,000円が貰えることになります。ただし、気をつけなければならないことは、ごく一部の出版社では、初版印刷部数のすべての印税ではなく、一部の印税しか払わない規程になっていることです。
例えば、初版印刷部数が7,000部だとしても、その半分の3,500部分だけの印税しか払ってくれなかったりします。その辺のことは、契約時に確認しておいたほうがいいでしょう。初版印刷部数の「すべて」なのか、「一部」なのかで貰う金額は大きく変わってくるからです。
もう一つ、注意しなければならないことは、増刷になったときの印税です。これも2通りあり、1つは、増刷された印刷部数分を払ってくれるところと、実際に売れた部数(実売部数)だけを払ってくれるところがあります。
例えば、初版印刷部数が7,000部で、発刊後2ヶ月で3,000部が増刷になったとします。印刷部数で払ってくれる出版社は増刷が決定した時点で3,000部分を払ってくれますが、実売部数で払う出版社は増刷決定時には払ってくれず、半年ないし1年経ってから、その期間に実際に売れた部数分の印税を払ってくれます。ですから、3,000部が増刷になったとしても、売れ行きが悪くなって100部しか売れなかったという場合、その100部分だけの印税がある一定の期間後に支払われます。印刷部数と実売部数では貰う金額も違えば、時期も違うので、契約を結ぶときによく確かめておきましょう。
では、実際のところ、どれくらいのお金になるのでしょうか。
印税契約の場合は、買い取り契約とは違って、本が売れれば売れるほど印税が貰えるわけです。
実際に1冊の本が1,000万円以上の印税をもたらすこともあります。いや、1,000万円どころか1億にも2億にもなる可能性すらあります。まさに青天井です。ただ、それは本当に稀にしかないことですし、本人の力ではどうすることもできないことですので、それを期待して出版翻訳家になろうと思わないほうが身のためです。
逆に、定価が安く、印税率も低く、発行部数も少なく、さらに初版だけで終わったような場合は30万円ていどで終わる場合もあります。私自身、半年〜1年近くかけてフルタイムで翻訳した本の報酬が30万円程度で終わったということも実際何度かありました。
つまり、下手をすると「年収30万」ということにもなりかねないので、その辺、十分な覚悟が必要です。特に出版不況の昨今では、重版分の印税をあてにして翻訳に取りかかっていると、経済計画が狂う可能性が高いと思われます。
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