仕事を受けるときは契約書を出してもらおう 

 私はすでに20社近くの出版社から著書・訳書を出版してきていますが、私の経験から言えば、仕事の依頼があった段階ですぐに契約書を出してくれた出版社はほとんどありませんでした。

 私のほうから請求して出してくれるというケースは何社かありましたが、請求しても出してくれないところもありました。

 私の経験から言えば、請求しても契約書を出してくれない出版社からは翻訳の依頼を受けないほうが無難です。といいますか、本音を言えば、そのような出版社の仕事は最初から引き受けないほうがいいです。

 特に新人翻訳家の場合は、「自分の翻訳書を出版してくれるんだ」ということだけで舞い上がってしまい、せいぜい印税率を口頭で尋ねるくらいが関の山で、「出版契約書を出してください」とはなかなか言い出せないものです。

「自分の翻訳書を出してくれるだけでありがたいことだ。ここで『出版契約書を出してください』などとうるさいことを言って、煙たがられてしまってはいけない。黙っておこう」などと思ってしまい、口約束だけで仕事を始めがちなのです。

 実は、私も新人の頃はそうでした。民法の世界では、口約束でも契約は契約であり、破るのは御法度なはずですが、現実の世界では、口約束だけで仕事を始めることは、相手にいいように言いくるめられてもしかたがないと考えておいてください。

 特に出版不況の今では、いつ、どのような形で口約束の内容が変更されるか分かったものではありません。

 お互いが誠心誠意、仕事をするためにも、仕事を引き受ける際に、必ず出版契約書を出してもらってください。出すのを渋るような出版社の仕事は断る勇気を持ってください。特に翻訳の仕事の場合は信頼できると思っている出版社であっても、必ず翻訳を始める前に出して貰ってください。

 これが、翻訳家志望者に対する、私からのメッセージです。

 著書の場合は、万が一、出版社の都合で出版が中止になるようなことがあったとしても、その原稿を他の出版社に持ち込んで出してもらうこともありえます。

 しかし、翻訳書の場合は、そう簡単にはいかないのです。

 例えば、ある出版社から翻訳の仕事を依頼され、1冊すべてを訳したとします。しかし、訳した後になって、その出版社の都合で出版が中止になったらどうでしょうか。(そういうこともたまにありますので気をつけてください)。

 その翻訳原稿を他社に持ち込んで…と思っても、原著書の権利(翻訳権)の関係でそう簡単には行かないのです。

 そうなると、1冊を訳した莫大な時間と労力は「訳書」という形では報われない形になりかねません。かといって、金銭ではどの程度出してもらえるのかと言えば、出版が中止になっている以上、「1円も出したくない」というのが出版社としての本音でしょう。

 もっとも、実際にいくら出してくれるかは出版社によってまちまちですが。しかも、「そもそも出版契約が成立していなかった」と惚けたことをいう出版社すらあるのです。

 1冊の本を訳すとなると、平均的な厚さの本でフルタイムで取り組んでも最低4〜5ヶ月くらいはかかります。時間にして1000時間以上になるでしょう。それくらい時間と労力がかかる仕事に取りかかろうとするわけですから、必ず契約書を出してもらってください。