超特急の翻訳をファックスひとつで頼まれても…

 電子メールが普及していないときの話である。

 ある深夜のこと、突然、ファックスが4枚ほどダダダダダと流れてきた。誰からかと思って見てみると、英国留学中に知り合った女の子からだった。

 内容は、友人から翻訳を頼まれていたのだが、忙しくなってできなくなったので、大至急、翻訳をしてくれないかというもので、翻訳する文章とともに送られてきていた。

 私はそのファックスを見て、その一方的な頼みかたに辟易してしまった。なぜ電話の一本でもかけてくれないのか。なぜいきなりファックスを送ってきているのか。受けるか受けないのかを私のほうから電話しなければならないのか。

 私は彼女とはそれほど親しい間柄ではなかったし、友だちとして何かしてもらったということだってまったくなかった。それなのに私が翻訳の仕事をしているというだけで、大至急、翻訳をしてくれと言ってきたのだ。

 とはいえ、頼まれたものであるから、できることならば手助けしてあげたいという気持ちがないわけではない。ただ、受けられるか否かは、そのファックスを見ただけでは決められない。「大至急」といっても、いったいいつまでに終えたらいいのかが書かれていないからだ。3日しか貰えないのか、それとも2週間貰えるのか、それによって受けられるか否かも変わってくる。しかしそれが書いてないのだ。

 さらに報酬についても一切書かれていない。いくら貰えるかというのも重要だが、その前に報酬を払う気があるのかないのかも分からない。仮に、払うつもりはあるがいくら払ったらいいのかが分からないのであれば、「いくらお支払いをすれば受けていただけるでしょうか」という相談もできるはずだが、それすら相談されていないのだ。

 先に電話の一本でもしてくれていれば、その辺のことも話し合いが可能だっただろう。しかし、彼女から電話があった形跡はなく、いきなりファックスを送って「大至急、翻訳してほしい」と言っているだけだった。私はその一方通行的なコミュニケーションの仕方だけでも受ける気が湧いてこなかった。

 その後、彼女から電話の一本でもかかってくるかと思っていたが、結局、その夜はかかってこなかった。こちらから彼女にかけて締め切りがいつか、報酬はいくらかを尋ねることも可能ではあったが、こちらから電話するのも馬鹿らしいので電話はかけなかった。ただ、まったく無視するのも悪いので、受けられない理由を手紙に書いて送っておいた。

教訓1、翻訳を受けるほうは締め切りがいつなのか明確に教えて貰わないと受けられるか否かを決めることができない。依頼するほうは、曖昧な表現ではなく、具体的にいつまでに欲しいという締め切りを伝えるべきである。特に超特急の仕事の場合は、先に電話で相手に受けてもらえそうか否かを相談したほうがいいだろう。

教訓2、報酬についても、払うつもりがあるのであれば、その旨を伝えたほうがいいだろう。単に「翻訳お願いします」だけであれば、払うつもりがあるのかないのかが分からないし、いくら払うつもりなのかもさっぱり分からないので、受けようにも受けられない。