「進めたい」の意味

 編集者と新しい本の企画の話をしていて、こう言われることがあります。

「いいですね。これで進めたいと思います」

 こう言われると、本を出したいと思っている作家・翻訳家は嬉しいに決まっていますよね。

 しかし、特に新人の作家・翻訳家に注意しておきたいのですが、これで安心してはいけません。

 とういのも、「進める」という意味が微妙だからです。

 こういう場合の「進める」は、大きく分ければ次の2つの意味に解釈できるでしょう。

1、本の企画が通ったので、本を出版することを前提で進めましょう。仕事を正式にお願いします。
2、本を出版することまではまだ決まっていないけれど、本として出版できるかどうかを判断できるよう、進められるところまで進めてみましょう。


 しかし、1と2では、後々大きな違いが生じる可能性があります。ですから、「進める」というのはどういう意味なのかを確認しておく必要があります。

 作家・翻訳家の立場から言えば、当然、1であることを期待するでしょう。実際、1の意味であることも多いですし、そのまま何の問題もなく本の出版に至ることも多いです。

 しかし、いざ、出版中止ということになった場合、出版社はこういうのが常套手段です。

「たしかに本を出版しようとして進めてはいたよ。でも、本を出版するとは言っていないでしょ。あくまで進めていただけで、本として出版できそうにないから中止しただけのことです。あなたが勝手に出版契約が成立したと誤解していただけで、こちらとしては仕事を依頼したわけでもないのですから、本の出版が中止になったことに関して責任はありません」

 私の苦い経験からいっても、ほぼ100%の確率で出版社はそういいます。作家・翻訳家がたとえ数百時間という時間を費やしていても、おかまいなしなのです。

 もちろん、編集者の立場からすれば、作家・翻訳家がどのような原稿をあげてくるか分からないため、出版が決まったとハッキリ言いづらいところもあるでしょう。しかし、だからといって曖昧なまま進めるのを放置しておくことは作家・翻訳家の立場からだけでなく、出版社にとっても良くないことです。

 もし、どのような原稿をあげてくるか心配ならば、「まだ出版が決定したわけではないけれど、いい原稿があがってきたら出版するということで了解していただけるなら、それで進めたい」と断って進めることだってできるわけですよね。

 それをそうとは言わずに曖昧なまま進めるのは出版社側にも問題があります。

 いずれにせよ、曖昧なまま仕事を引き受けるのは絶対にやめましょう。「進めたい」というような、どうにでも解釈できるような曖昧な言葉を使われたら、その意図するところは何なのかをハッキリ聞いておきましょう。