編集者がよく考えつく企画
 
 
出版翻訳家になるには最初こそは自分で売り込まなければなりませんが、いったん出版翻訳家になってしまえば、つまり、何冊か翻訳書を出してしまえば、出版社から翻訳書の依頼が来るようになります。

 次から次へと翻訳書を出したいと思っている人にとっては、これほどありがたいものはありません。

 なにしろ、自分で売り込む大変さを考えれば、出版社から声をかけてもらうほうが何倍、何十倍も楽だからです。

 ただ、気をつけなければならない点もあります。

 その1つは、編集者が内容を十分吟味しないまま仕事を依頼してきて、翻訳をし終わった後になって、「こんな内容の本だとは思っていなかった」と難癖をつけ始める事です。
 
 ほとんどの編集者が考えていることは、売れる翻訳書を出したいということです。だから、大抵の場合、内容がいいからという理由で原書を選んでいるのではなく、ベストセラーになっている著書や翻訳書に似せることができるからという理由で原書を選んでいるのです。

 例えば、図やグラフが入った翻訳書がベストセラーになっていたら、図やグラフが入れられそうな原書を探してくるのです。たとえその原書の内容がたいしたものでなくとも、ベストセラーになった翻訳書に似せることができる、と考えるのです。

 あるいは、特定のジャンルの翻訳書がベストセラーになっていたら、内容も吟味しないうちに、その特定のジャンルの原書を探してくるのです。同じジャンルだといっても、ベストセラーになったものは一般向けのもので、探し出した原書は専門家向けのものだったら、出しても売れるとは限らないのに、同じジャンルだからという理由で出したがるのです。

 もっと頭を傾げたくなるのは、日本人が書いたオリジナルな著書でベストセラーになっているものに真似た企画です。一方は日本人が日本人向けに書いた著書で、探し出した原書はアメリカ人がアメリカ人に向けて書いたものですから全く内容が異なるのに、内容は吟味しないまま、内容が似ていそうだというだけのことで出したがるのです。

 私は30代のころは、正直、実績もお金も欲しかったこともあり、編集者からお声をかけて頂いた翻訳書の仕事はほとんど受けていました。しかし、やはり、事前に内容が吟味されないまま、単にベストセラーに似せて作った物は、二番煎じにしかすぎず、売れることなどありませんでした。

 もちろん、ケチをつけるつもりはありません。私自信、自分の意志で仕事を引き受けたのですから。

 しかし、残念だったのは、せっかく私が最後の最後まで翻訳したのに、その後になってから、編集者から「なんだこんな内容の本だったのか。思っていたイメージと全然違った」と言われて、出版を中止したいといわれてすったもんだになったことが何度かあったことです。

 このようなすったもんだを起こさないためには、出版翻訳家としては、編集者が原書の内容をよくよく吟味してから企画を持ちかけているのか見抜いてから仕事を受けたほうが賢明ですね。編集者が原書を十分に読み込んでいるケースは非常に稀なのですから。