●出版契約とは何か

 出版契約とはいったい何か。出版契約が成立したら文筆家にはどのような義務が生じ、出版社にはどのような義務が生じるのか。

 出版契約は特殊な契約であるためか、弁護士でも上記の質問に正しく答えられない人もいる。それはまだ許せるにしても、契約当事者である出版社でも正しく理解していないところが多いのは誠に遺憾である。

 詳しい定義は著作権法の本に譲ることとして、出版契約とは、平たくいえば、文筆家の原稿を出版社が出版するということを約束する契約である。

 出版契約は諾成契約であるから、文筆家と出版社の意思の合致があれば、その時点で出版契約が成立する。言い換えれば、出版契約書を交わさなくても双方の意思の合致さえあれば成立するのである。
 
 ただし、後々トラブルになったときのために出版契約書またはそれに準ずる覚書を出してもらったおいたほうがいいことは言うまでもない。
 
 さて、出版契約が成立したら、文筆家や出版社にはどのような義務が生じるのだろうか。

 文筆家には原稿を完成させる義務が生じるのに対し、出版社には、@報酬を払う義務、A完成された原稿を受け取ってから原則として6ヶ月以内に本を出版する義務、B増刷する際はその旨、文筆家に通知する義務等様々な義務が生じる。上記@の報酬であるが、出版契約の場合は印税方式が採用されることが多い。

 しかし、出版契約が成立しても、つまりは、文筆家と出版者社の間で意思の合意があった後でも、出版社の都合で本の出版が中止になることがある。

 出版契約の定義についてトラブルが生じるのはそういうときだ。

 こういうとき、出版社としてはできるだけ出費を防ぎたい。だから、出版社は「出版契約など成立していなかった、ただ単に原稿の執筆を依頼していただけだ」という風にしたいのである。あるいは、「出版契約は成立していたかも知れないが、出版契約が成立していたとしても、そもそも本を出す義務などない」と言い出すのである。

 ただ、文筆家のほうは本が出ることを前提として仕事をしているわけであるから、初版印税だけを払ってもらったところで、本が出ないのは困るのである。精魂込めて執筆した原稿が、出版直前にお蔵入りされる悲劇を考えてみて欲しい。それは今まさに生まれて来ようとする子供を堕胎されるように悲しいものだ。

 出版契約は出版を約す契約であるから、単なる原稿執筆契約とは異なる。その辺のことを出版社の人はきちんと理解し、また文筆家に仕事を依頼するときは、誤解のないように依頼してもらいたいものである。