出版契約書があれば万全か
  
 
仕事を始める前に出版契約書を交わしてもらうことはトラブルを未然に防ぐのに有効ではあります。しかし、万全ではありません。

 実際、私は出版契約書を交わしてもらっていながらも、出版社の都合で出版が一方的に中止され、ひどい目にあったことがあります。

 ここでは、そのことについてお話しましょう。
 
 こんなことを書いてしまうと、「出版契約書を出してもらっても、それだけではダメなのか。なんて恐ろしい世界なんだ」と思われる人もいるかもしれませんが、まれに起こり得ることですので、知っておいたほうがいいと思います。

 たいていの場合、出版契約書には出版された場合を前提として印税を何パーセントで払う等さまざまな条項が記載されているだけで、損害賠償予定額(違約金)までは記載されていません。

 出版が中止になったときのことは、せいぜい「お互いが誠意をもって協議する」ていどのことしか書かれてありません。

 そこに問題があるのです。

 お互いが誠意をもって協議するといっても、出版社側は当然、出版を中止にした責任を取りたくないわけです。

 それに対し、翻訳家は責任を取ってもらいたいのです。ですから当然、対立することになります。

 出版社側の一方的な都合で出版が中止になった場合、不正実な出版社は、初版印税を払うことのみですべてを終わらせようとします(初版印税だけでも払ってくれるところはもっともマシなほうです)。

 しかし、翻訳家は、初版印税だけが目当てで仕事を受けているのではないことは明らかです。

 初版印税は最低保障される金額ですが、それよりもなによりも自分の翻訳書が出ることを前提として仕事をしているわけで、さらに重版になれば重版部分の印税も手に入るという期待もあります。

 ですから初版印税は当然払ってもらわなければなりませんが、それにプラスして本が出なくなったこと、重版部分の印税を受け取る可能性が否定されたことに対する補償もなんらかの形でしてほしいわけです。

 そこで出版社側と翻訳家の間で対立が生じるわけです。
 
 したがって、もっとも安心なのは、契約書の中に損害賠償予定額まで盛り込んでおいてもらうことが望ましいといえます。

 ただ、そこまでしてくれる出版社は滅多にないでしょうね。なにしろ、出版契約書を出させること自体も難しいのですから…。