印税引き下げ事件のその後3 

 
こうして初版印税を6%に修正してもらった私は、あとで話が変わらないように、条件を記載したメールを求めました。
 もちろん、出版契約書を出してもらうのが一番いいのですが、この場であれこれうるさいことを言って嫌われるよりは、メールであれ出版契約書の代わりにはなるのだから、すぐに出してもらえるのであれば無理に出版契約書を求めることもないと考えたのです。
 送られてきたメールには次のように条件が書かれてありました。
「初版・重版ともに6%、発行予定部数は8000部。ただし、発行部数は変更の可能性あり」
 このような条件の場合、仮に出版直前になって発行部数が減らされても文句は言えません。例えば、6000部になったら6000部分の印税がもらえるだけで、8000部分がもらえるわけではありません。しかし、出版契約の交付時には出版部数が決められないというのは業界の常識です。変更の可能性を認めないというのは、出版社には酷な話なのです。ただ、予定であれ、聞き出しておくことは絶対に必要です。なぜなら、万が一にも、出版が中止になった場合、補償金をどう計算するかもかかわってくるからです。予定部数を聞いておかなければ、補償金を払いたくない出版社は、へいきで「実は2000部で発行する予定だった」などと補償金を減らすために意図的に少ない部数にするだろうからです。(もっとも、補償金は初版印税以外にも、出版を一方的に中止されたことに対する損害賠償金も要求できるので、初版印税だけでは決まらないでしょうが…)
 メールで条件を確認した私は安心して仕事に取りかかりました。
 全体の4分の1を訳し終えたところで、訳文をメールで担当者に送りました。このように何分割にして訳文を提出することは、すべてを訳し終えてから「訳がまずいから出版できない」など難癖をつけられるリスクを軽減するためです。
 数日後、次のようなメールがきました。
「訳文を送っていただき、ありがとうございました。宮崎さんの訳には何も問題はありませんので、この調子で最後までがんばってください」
 これで私としては少なくとも「訳が下手だから出版できない」と言われるリスクは回避できたと思いました。こうして私は安心して翻訳作業を続け、さらに4分の1づつ提出していきました。
 ところが最後の訳文を提出してから数日後、驚愕のメールが送られてきました。
「訳文を読ませていただきましたが、どうやら期待していた内容とは違う内容でした。そこで、この本を出すか出さないか、出すとすればどのような形にして出すかご相談させていただければと思います」
 私としては、その出版社がぜひやりたいというから仕事を引き受けたというのに、すべての訳文を受け取ったあとになってから、「期待していた内容とはちがった」といわれるのは心外なことです。なぜそうならば、こちらは4分の1づつ提出しているのだから、4分の1の訳文を読んだ段階ででもいってくれなかったのか。
 その後、担当者と直接会いました。
 彼は私を前にし、翻訳原稿を開いて、
「ここは日本人にはわかりづらいでしょ」
「ここも要らないよね」
 などといっては訳文に鉛筆で大きな×をつけ始めました。誠心誠意訳したつもりだったのに、まさか目の前で×をつけられるとは思っていなかったため、まるで顔に濡れた雑巾でも投げつけられたような屈辱感を覚えたものです。ただ、怒りを爆発させるのは大人げないので、黙って聞いていました。
 すると彼はとんでもない言葉を口にしたのでした。